梟の城 (新潮文庫)のレビュー
忍者の使命と意思の対比
忍者・重蔵を主人公とした物語がテンポよく進んでいきます。好敵手とも言える五平との対決は、最後は意外な終末を迎えますので、何度か読んでも飽きません(^^)(ネタバレになるので書きませんが…)
重蔵の、自身の思う存在意義・使命と自分の意思との対比は、読んでいて何度も出てきます。忍者の"強さ"は、現代の私達に問いかけるものがあると思います。
司馬遼太郎氏のデビュー作と言われているのは他の方のレビューでも明らかですが、デビュー作らしい活き活きとした物語です。司馬作品の入門にふさわしい一作。是非ご一読下さい。
ケータイ小説未満
あらすじはいらぬ、要は忍者の物語に名を借りた恋愛小説、それも恐ろしく底の浅い恋愛
小説、中学生でもそうそう書かぬほどに低レヴェル。
司馬の人間理解の浅はかさが伺える、ただ一言、愚作と片付けるほかない代物。
異色の忍者ふたり。それぞれの美学に惹かれた
天正十九年(1591年)から文禄三年(1594年)にかけて、京、大坂、堺を主な舞台として展開される忍者・歴史小説。
伊賀者のふたり、葛籠重蔵(つづら じゅうぞう)と風間五平(かざま ごへい)の、これまで抱いていた忍者のイメージとは大きく異なるキャラクターに、まず惹かれましたね。天下人・太閤秀吉を暗殺することに命を賭ける重蔵の、シニカルでストイックな人生哲学。一方、重蔵の好敵手たる風間のほうは、忍者を捨てて武士の世間に入り、栄達を掴もうとする。それぞれの気質こそ対照的なふたりですが、伝統的な忍者たちとは異なる考え方を持ち、行動していくところに、革命児・風雲児的な魅力がありました。
この異色の忍者と関わる女(くノ一)、小萩と木さるのキャラもそれぞれに印象的。殊に、仕事師としての怜悧な面と、重蔵に惚れた女の面という両面を持つ小萩に惹かれましたね。
タイトルにある「梟(ふくろう)」とは、忍者のこと。むらがる雀(すずめ)に見立てたさむらいに対して、ほかの者と群れない孤独な忍者をたとえて梟と言っています。文中、甲賀ノ摩利洞玄の言葉(p.310)
司馬遼太郎は もともと活劇屋だったことを忘れてはいけない
司馬遼太郎は 「司馬史観」という異名を取るほど 歴史を日本人の身近にした点が最大の功績だと思う。実際 「新社長紹介」というような 日経新聞のコラムやインタビューでは 多くの「新社長」が愛読書として司馬遼太郎を挙げているさまは いささか滑稽なほどである。「滑稽」といっている僕にしても 司馬の本は面白いし その歴史観には感銘を受けるのだが。
但し 司馬の 元々の資質は「活劇」にある点は忘れるべきではないと思う。
実際 本書を読んでいると 司馬の「活劇魂」とでも言うべき精神の躍動が実に楽しい。話は 忍者であり 当然ながら荒唐無稽なわけだが もう むちゃくちゃに面白い。再読に耐えるという点でも 司馬のその後の傑作群と比べても遜色な無いと思う。
また そんな「活劇」があればこそ 人は司馬の作品を愛読するわけであり その「活劇」を超えた部分で司馬が語ってきた「史観」が 奇妙な程の説得力を持ったということなのかと思う。
名作は何度読んでも飽きない
一度読んで面白い、と思える本は結構あるが、一読して仕掛けが分かった後に、何度も読ませるだけの本にめぐり合う事は稀である。
この物語は、家族を信長に皆殺しされ、その継承者である太閤秀吉暗殺、と言う仕事を全うしようとする伊賀忍者葛籠重蔵のハードボイルドな生き方としても読めるし、気楽に忍者アクション活劇として読んでもよい。また、重蔵と、なぞの女忍者、小萩との恋愛小説として読んでも面白いし、表題となっている梟たちー忍者の生き様を追っても味わい深い。
脇を固める役者たちが又、渋い。
己の利のみに走る元同僚忍者の五平、悪徳代官さながらの前田玄以、悪徳商人・今井宋久などなど。小萩の躾役の老女、楠は端役ながら、時に化生の凄みを見せる。
彼らのキャラクターは、ややステレオタイプの善玉、悪玉として描かれ過ぎているきらいがあるが、その分、分かりやすく、映画を見ているように人物を容易に想像できて面白い。
最後の石川五右衛門のくだりは無くても良かったのではないか、と思う。
そんな仕掛けをしなくても、十分楽しめる。作者最初の長編と言うが、少し技巧に走ろうとしたのではないだろうか?
しかし、この部分が総合評価を大きく落とすものではない。
何度読んでも飽きない、と言う本を名作と言うなら、本書は、不朽の名作と言っても呼びすぎではないだろう。