新史太閤記 (下巻) (新潮文庫)のレビュー
天下人らしからぬ天下人
司馬遼太郎は『国盗り物語』で織田信長、『関が原』で徳川家康、そして本作品で豊臣秀吉を描いているが、この中で人間的に一番面白いのは秀吉である。現代人にとっても、友人として付き合うなら、秀吉しかあり得ないだろう。バラエティ番組に出演させても一番面白いはずである。
この秀吉のユニークさが余すところなく描写されているので、歴史小説であるにもかかわらず、歴史的事件よりも秀吉の人間性に惹かれて読み進めてしまう作品である。
ただ、残念な点は、天正14年の家康が秀吉に臣従する場面で終わっていて、それ以後が描かれていないことである。
(これは上下巻を通してのレビューです。)
信長との対比が面白い
司馬遼太郎の戦国四部作の第2弾。
豊臣秀吉の物語です。
主君の織田信長に利益を生み出すことだけ考えて仕え、
ついには軍団長となる。
その後、本能寺の変を起こした明智光秀や、
信長の筆頭家老であった柴田勝家を倒し、
ついには徳川家康を懐柔して天下人となる。
秀吉は、陽気で、人誑し。
血を好まず、つぎつぎと敵を懐柔していく。
国盗り物語から読むと、
織田信長との対比がはっきりして面白いです。
秀吉の光の部分
「人たらし」秀吉の話。
国盗り物語とは違った視点でなかなか楽しい。
司馬遼太郎は秀吉が好きなんだろうなぁってのがにじみ出てるような作品です。
結構えぐいこともやってるはずなんだけど「明るい」からオッケー、みたいなw
信長の死後しばらくの部分はやっぱ書きづらかったのか、
秀吉の心理描写がかなり減ってるのが気になった。
そのへんの葛藤とかをもうちょっと書ききって欲しかったな〜
最後は家康が軍門に下るところで終わり。
でもまあ、あえてそこで切るのもありそうでそんなないので良いんじゃないかな。
国盗りのときも思ったけど、信長やら秀吉やらを文庫二冊くらいの分量で
書くのは結構辛いものがあるなぁと。
その意味では秀吉の光の部分だけに当てたテーマだと思えば、
良くまとまっていて面白かったです。
伸びやかで卓越した想像力が縦横無尽
秀吉という人物は、その前半期の暗い少年期を経てもなおかつ、明るく華やかに出世街道を上りつめていきます。司馬氏はこの明るいことも、華やかなことも、私心や野心を見せないことも人を殺さない慈悲深さもすべて天下取りにむけた戦略、としつつそれが嫌味なく天性の資質と一緒になっている秀吉という人物を描き切りました。
司馬氏の筆はドライブ感にあふれ、後年の「坂の上の雲」や「飛ぶが如く」で見せる事実を精緻に追い詰めた迫力の代わりに、本書では伸びやかで卓越した想像力が縦横無尽、の印象です。秀吉が天下の信、というものを意識していること、常に事前に勝つ態勢を確立することを意識して合戦を戦っていたこと、こうしたことはその想像の産物だったのかもしれませんが、非常に興味深いものがあります。
上下巻を通し、小田原遠征、天下をとった後の朝鮮遠征など老年期の秀吉は描かれていません。司馬氏にとっては昇り龍のように駆け抜けた時期の秀吉だけが「太閤記」だったのかもしれません。
秀吉
司馬遼太郎の太閤記を読み終わりました。
ひょっとしたら秀吉ってのは日本史上、最強の性格なんじゃないかって思う。
陽気だったり、気前がよかったり、寛容だったりと秀吉は多分に演出を使い分けてたんだけど、でも裏では智略の限りを尽してたらしい。
人ってのを知り抜いててたからできた事みたいだ。
信長みたいに豪族、貴族の生まれじゃなかったってのも大きい。
ただやっぱり考えさせられるとこも多くて、人ってのは他人に対して私を捨てれば捨てる程大きくなるんじゃないか。逆に私情に走ったり、自分の事ばっかりかんがえたりってのは小さいものなぁ。その典型が他人への好き嫌いだったりわがままだったりなんだね。